転職活動とか。①

超超超☆久しぶり! 超超超超☆久しぶり!!!(某ニング娘。みたいな言い方すな)

えー、転職活動やらなんやらで、忙しくて更新できていませんでした。

まあブログ書く時間くらいはあったのですが、気持ちが慌ただしくて・・・なんかあるじゃん、そういうの。(伝われ)(面倒くさかっただけでは?)

とにもかくにも、7月からは新天地で働くことになります☆

せっかくなので、転職活動がどんな感じだったかなどを思い出しながら書いていこうと思います。

新卒就活の時の話

その前に、まず新卒の時の話をば。

当初はマスコミ志望だった

学生時代はジャーナリズムを専攻しており、某日本K済新聞社でアルバイトをしたり某東K新聞や某テレビ制作会社でインターンをさせてもらったりしていたので、新卒の就活で最初の頃は新聞社やテレビ局(記者職)をひたすら回っていました。

新聞社では一次で作文2000字(90分)を課されたり、テレビ局ではエントリーシートにあいうえお作文を書かされたりと、マスコミの就活ってまあ結構特殊な世界なのですが、一般的にも知られている通り、それはそれはもう狭き門で、学生は内定をもらうために全国を飛び回ったりするほどなのです。(かくいう私も、静岡、名古屋、仙台、大阪日帰りなんかもした)

で、面接のために全国回る学生なんて珍しくもないしそもそもどこも採用人数が少ないこともあって、数打ちゃ当たるってわけでもなく、秋採用も望み薄になって気づけば同級生たちはほぼ就活が終わっているという状況になってきた頃、そろそろ別業界も考えねばと思ったわけです。(遅いのよ)

「周りはもう決まっているのにどうしよう!」みたいな感じで焦ったり病んだりすることが特になかったのは自分の性格が優勝したって感じ。

システムエンジニア、いいんじゃない?

専攻はジャーナリズムだったわけだけれど、サークル活動のほうでは動画編集などをそれなりにかじったりしていて、パソコンを使って所謂モノづくりをするのはかなり好きでした。

それで、「システムエンジニアかあ、いいじゃん」と。

ちなみにプログラミングは独学でちょこっと触った程度で(C言語から入ろうとしたらポインタでのっけから躓いた(今思えばどうして初心者でCを選んでしまったのか))、ほぼ未経験。

プログラミング未経験のシステムエンジニア志望として就活するにあたり、とりあえず某Mナビエージェントに登録して担当の方と面談をしたところ、私の雰囲気と合いそうな会社ということでまずその場で3社ほど求人を紹介してもらいました。

それ以降もメールでパラパラと求人が送られてきて、それとは別にエージェント経由以外でも気になった会社はちょこちょこ受けて、いくつか内定を貰ったりもしました。(けど、どうせ既に長引いている就活なので、納得いくまで続けた)

結局手持ちの内定の中で、エージェントに最初に紹介してもらったうちの一社が一番印象が良かったので、そこに就職することにしました。

余談ですが、実はシステムエンジニアを志望したのは他にも理由があって・・・。

大学のエレベータ内で偶然乗り合わせた私が苦手なタイプの女子二人組(彼女らも就活中だったと思われる)が、「やっぱ金融じゃない? システムエンジニアもいっぱいあるけど女子はちょっとね~」というような会話をしていて、「あ、システムエンジニアになればこういう子たちはいないかも」と思ったっていうのもある。(笑)

転職を思い立った理由

実は入社前から

IT業界はわりと転職が当たり前みたいな印象があり(実際そう)、せっかくこの業界に入ったわけだし20代後半で一旦キャリアアップ転職したいなぁと薄ぼんやり考えてはいました。

しかしまあ本当にエージェントの担当者さんが有能だったようで(私は決してMナビの回し者とかではない)、入社当初は会社の雰囲気が良く環境もそれなりに快適で、幸か不幸か「よし!辞めよう!」とはなかなか思うこともありませんでした。

チームに暗雲垂れ込める

2年目の冬に部署異動をしまして、配属されたのは社内では比較的若いチーム。

バリバリ働く体育会系のイケメン課長と、コミュ力おばけで下北でバンドマンやってそうなイケメンサブリーダーの下で暫くやっておりました。

課長は対外交渉スキルがとにかくものすごくて、仕事に対する意識も人一倍高く、そのこだわりの強さが原因でしばしば部下を疲れさせてしまうような人なのだけれど、サブリーダーが間に入って課長の意思を組みつつ若手を取りまとめるワトソン君みたいな役割を果たしてくれていたので、それなりにうまく回っていたのでした。

しかし。。そんなワトソン君が異動(そしてのちに転職)してしまい。

結果的に課長のやりかたについていけなくなる若手が多数で、毎年新人を取っているにもかかわらず、年に1人は誰かが辞めていく始末。

私はそれなりに課長とうまくやれていたので、気づけば今度は私が課長と若手の間の潤滑油に。(なおワトソン君と比べれば技術力はだいぶ劣る)

うちの会社はコミュニケーション面での評価基準もなければ、下が上を評価するような制度もないので、潤滑油やって神経をすり減らしても、それって完全にタダ働きなんですよね。

自分、これでいいのかと。

コロナ禍でのあれこれ

ゆーて課長とは今んとこうまくやれてるしなー、なんてダラダラ続けていたところにコロナがやってきました。

4月の緊急事態宣言、緑の人がステイホームを連呼して、☆野さんの「家で踊ろう」とかもありましたね。

そんな時に、社長から飛んだメール。

「社員のみなさん、手洗いうがいをしっかりしましょう。基本的に今まで通り出社してください。出社を控えたいなら有給使うのはOKです。」(意訳)

時流に乗れないIT企業とは・・・。

後日、テレワークも申請すればできるようになったものの、その条件もまあまあ納得できないような内容で。

ウーン、、

転職活動開始

長くなりそうなので、具体的な転職活動の内容については次回にします。

今年の2月に友人と飲んでいる最中、上記のような話(20代のうちに転職したいから今年がラストイヤーということも含めて)をしたら、その場で転職サイトにいくつか登録する流れとなりました。

退職の意思を告げる

3月末に第一志望の会社に内定をいただいたので、4月1日(金)の帰り際、まず課長に転職する旨を伝えました。

課長は翌週には次長に伝えていたようですが、月末(27日)になっても会社から何のアプローチもなかったため、次長に「会社には伝わっていますか?」という旨の確認メールを送ったところ、翌営業日に電話で「まだ」との報告が・・・。

おー--い!

もー--、そういうところも会社に対する不信感に繋がるのよ!?

結局、社長に伝わったのはGW明けの5月9日(月)だったそうな。

熱烈引き留めを受ける

社長から、「話を聞かせてください」という題でメールが。

応接室で、一時間以上に及ぶ熱烈引き留めを受けました。(そして後日、また同じくらい時間をかけて話をする機会がを設けられた)

自分で言うのもなんだが私自身、会社にとって替えの効かない人材であることを自覚していたし、引き留められること自体は「それもそうだな」という感じで特に意外とも思わなかったのだけれど、それほどならもうちょっと大切にしてほしかったかなー。

決まってからでは手遅れよ。

不平不満があったなら全部聞くと言われたので、角が立たない程度に思いつく限り話して。

これだけ忌憚ないご意見を言ってくれる社員もなかなか貴重だろうに、惜しい社員を失ったなあ。

「いつでも戻ってきてね」という言葉とともに、やっと退職手続きの話に進みまして、無事6末に辞められる運びとなったとさ。

7月から新天地!

歓迎会をしてくれるらしいです。

たのしみー☆

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